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鳥取地方裁判所米子支部 昭和40年(ワ)127号 判決

主文

被告甲野一郎、同甲野太郎、同甲野花子は原告に対し連帯して金一五〇万円及びこれに対する昭和三九年二月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

被告丙川月子は原告に対し金二〇万円及びこれに対する昭和三九年二月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用中、原告と被告甲野一郎、同甲野太郎、同甲野花子との間に生じた分は同被告三名の連帯負担とし、原告と被告丙川月子との間に生じた分はこれを二分し、その一を同被告の、その余を原告の負担とする。

この判決は第一、二項に限り原告において被告甲野一郎、同甲野太郎、同甲野花子に対し各金二〇万円、被告丙川月子に対し金五万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、請求の趣旨として「被告甲野一郎、同甲野太郎、同甲野花子は原告に対し連帯して金一五〇万円及びこれに対する昭和三九年二月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。被告丙川月子は原告に対し金一〇〇万円及びこれに対する昭和三九年二月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告四名の連帯負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一  原告は亡乙山高男(昭和二六年二月一日生)の母であるが、昭和三一年四月頃右高男を伴つて本籍地岡山県阿哲郡哲西町より境港市に来て訴外石田松三と内縁関係を結び同居生活を送るに至つたものである。右高男は、幼少より母一人子一人の間柄のためか、原告に対しては従順にして孝心深く、夙に勤労により乏しき家計の援助をなし、右松三との間も円満であつた。

二  右高男は、昭和三九年一月から被告丙川月子の経営する読売新聞販売店に、被告甲野一郎の退職後新聞配達員として雇用されていたものであるが、同年二月二七日同月分の新聞代金の集金を被告丙川より命ぜられ、素直にこれに応じて境港市上道町中村義信方の集金を終え道路上に出たところ、被告一郎に呼びとめられた。同被告は、予てより流行のズボンが欲しくてならず、たまたま同日高男が集金をし相当な金額を所持している事実を知つていたので右高男を殺害して金員を強取することを企て、呼びとめた高男を「煙草を吸うから付き合え。」とむりやりに鳥取県立境高等学校の便所に誘い込み、後日の追及を免れるために窃取していたバンドを使つて高男の頸部に巻き、その両端を左右に引張つて締めつけ、同人が仰向けに倒れるや更に二重にバンドを巻き付けて苦悶の中に同人を窒息せしめてその場で殺害したうえ、同人の持つていた集金袋から現金一万三九二〇円を強奪し、さらに右バンドをそのまま結んで、その死体を右便所の北側、西から三番目の用便室に運び入れ、便器に頭部を突込んだ姿勢のまま放置して立去つた。

三  よつて被告一郎は、前記犯行により昭和四〇年一月二八日鳥取地方裁判所米子支部で懲役一二年の刑に処せられたが、不法行為者として、被害者高男及びその母である原告の蒙つた後記の損害を賠償すべき義務を負うものである。

四  被告太郎、同花子は、被告一郎の父母であるが、右一郎は昭和二三年四月九日生で前記犯行当時一五歳にすぎなかつたものであるから、親権者としての監督義務があるところ、右監督義務を怠つて被告一郎をして右不法行為に走らせる原因を惹起せしめたものというべきである。したがつて被告太郎、同花子は共同不法行為者として、被告一郎と同様に、被害者高男及びその母である原告の蒙つた後記の損害を賠償すべき義務を負うものである。

おつて、監督義務の懈怠と損害の発生との因果関係の具体的な内容は、次のとおりである。すなわち、被告太郎、同花子は、父母として被告一郎を監護養育する義務があるにも拘らずこれを怠り、父太郎はほとんど酒乱に近く家計の大部分をこれに費消し、被告一郎に小遣銭を与えないばかりかこれを虐待し、母花子はただ甘やかすのみにて日常生活を監督せず、ために家庭生活は乱れ、被告一郎に対し前記犯行の起因となつた性格上の欠陥たる残酷な行為を冷然と行う冷情性や、感情に偏執性を帯びて原始的な直接行動に訴える等の傾向を有する人格を形成せしめ、そして一段と盗癖や不良交友等の非行を深めさせ、遂には流行のズボンを買う金員がほしいという前記犯行の動機、心情を監督することができず、一郎をして前記の犯行を犯さしめるに至つたものである。

五  被告丙川は、第二項記載のとおり新聞配達員として雇用した高男に集金事務をも命じたため、同人は本件災厄にあい死亡するに至つたが、これは同被告が高男に対する年少者使用上の注意義務を怠つたことにその原因がある。すなわち、右高男は当時中学一年生で、満一三歳に達したばかりの年少者であつたから、かかる年少者を使用するに当つては、その年令、体格、境遇を十分に酌量し、多額の集金等をなさしめる場合は窃取、強取、詐欺更には本件の如き死傷事件等の生ずる危険が多分にあるから、右事務を行わせるのは避けるのが当然であり、やむを得ずこれに従事せしめる場合には、付添等を付するか、あるいは白昼これをなさしめるよう充分注意を払い、もつて事故を未然に防止すべき義務があるにも拘らず、これを怠り、その結果本件被害を受けるに至らしめたものである。従つて、被告丙川は本件被害の発生に原因を与えた者として、被害者高男及びその母である原告の蒙つた後記の損害を賠償すべき義務を負うものである。

六  しかして、高男は、生来健康で本件事故がなければ、次の如き利益を得ることができた筈である。すなわち、厚生省厚生統計協会発行の厚生指表昭和三八年度簡易生命表によると、日本人男性の平均年令は六七・二一歳であるから高男はなお五六・七八年の平均余命があり、二一歳から六〇歳までは一家の中心となり得べき人物であること明瞭であつて、その間通常労働者としての賃金を一ケ月約一万五〇〇〇円とすれば、一ケ月の生活費を七〇〇〇円としても月額八〇〇〇円の純益を得ることができ、本件事故により右と同額の得べかりし利益を喪失したこととなるので、これが現在価を利益率年五分としてホフマン式計算によつて中間利息を控除して計算すると、金一七三万一四〇九円となる。

そして、原告は、右損害賠償債権の全額を相続した。

よつて、被告らは、原告に対し次の金員の支払義務がある。

(一)  被告一郎の殺人行為に基づく慰藉料

(1)  高男分の相続分  金一〇〇万円

(2)  原告分      金一〇〇万円

(二)  被告太郎、同花子の行為に基づく慰藉料

(3) 高男分の相続分   金五〇万円

(4) 原告分       金五〇万円

(三)  被告丙川の行為に基づく慰藉料

(5) 高男の相続分    金五〇万円

(6) 原告分       金五〇万円

(四)  右高男の得べかりし利益の喪失に対する損害賠償債権の

(7) 原告相続分     金一七三万一四〇九円

ただし、本訴請求においては、右各金員の内金として、(1)ないし(4)については各金一五万円あて、(5)及び(6)については各金二〇万円あて、(7)については金一五〇万円、総計二五〇万円並びに右各金員に対する本件事故の日の翌日である昭和三九年二月二八日から支払ずみまで法定の年五分の割合による遅延損害金につき、被告甲野三名及び被告丙川に対し請求の趣旨記載のとおり分割してその支払を求めるものである。

と述べた、

証拠(省略)

被告甲野三名訴訟代理人は、請求棄却の判決を求め、答弁として、請求原因事実中、被告一郎が高男を殺害したことは認めるが、その余の事実は知らない。

と述べた、

証拠(省略)

被告丙川訴訟代理人は、請求棄却、訴訟費用原告負担の判決を求め、答弁として、

請求原因事実中、被告丙川が高男を原告主張のとおり雇用し、原告主張の日に同人が集金に出たことは認めるが、同被告が事故防止の義務を怠り、これによつて原告主張のような損害が発生したとの点は否認し、その余の事実は知らない。同被告には故意または過失はない。集金については金銭を扱う仕事であるので充分注意しており、夜など集金させたことはない。本件も集金を始めたのは午後四時過からであるが、午後五時頃には仕事が終つて帰途についており、暗くなつていない。仮に五時過まで集金させることが丙川の故意過失に基づくものとしても、故意過失と権利侵害との間には相当因果関係はない。仮に薄暗くなるまで歩いていたことに因果関係があるとしても相当因果関係の範囲外である。また、被告一郎が高男に会つた時刻が午後四時頃であつたとしても、一郎は前日または数日前から犯行を計画していたことであるから、なんらかの方法で高男を引きとめ犯行場所に連れ込んだと思われる。従つてこの点からも因果関係はない。

と述べた、

証拠(省略)

当裁判所は、職権で被告甲野花子本人の尋問をした。

理由

一  被告甲野一郎の責任

当時中学三年生であつた被告甲野一郎(昭和二三年四月九日生)は、流行ズボンの購入代や小遣銭欲しさから友人の中学一年生であつた原告の長男乙山高男(昭和二六年二月一日生)を殺害して金員を強取することを企て、昭和三九年二月二七日午後六時過頃、被告丙川月子より命ぜられて新聞代金の集金に出ていた(この点は被告丙川の認めるところである。)右高男を呼びとめて、近くの境港市東本町二番地鳥取県立境高等学校の便所に誘い込み、隙をみてバンドを高男の頸部に巻いて締めつけ、その場で窒息させて殺害した(殺害の点は被告甲野三名の認めるところである。)うえ、高男の持つていた集金袋から現金一万三九〇〇円位を強奪し、さらに右バンドをそのまま結んでその死体を右便所の用便室に運び入れ、便器に頭部を突込んだ姿勢のまま放置したものであり、かつ、被告一郎は右犯行当時その行為の責任を弁識するに足りる知能を具えていたものであることは、成立に争いのない甲第一号証の一ないし一三、同第二、第三号証及び乙第一号証を総合して、すべてこれを認めることができ、これに反する証拠はない。

そうすると、被告一郎は、強盗殺人という犯罪(故意に基づく不法行為)を犯したのであるから、その被害者高男及び同人の母である原告に与えた後記の損害につき、これが賠償義務を負うことは明白である。

二  被告甲野太郎、同花子の責任

親権者は、未成年者が責任能力を有するときでも、依然として親権者としての未成年者に対する監督義務があるから、その監督上の不注意と被監督者の行為による損害の発生との間に相当因果関係がある場合には、損害賠償責任を免れることができないと解するのが相当であり、したがつてこれが共同不法行為の要件をも具備するときには、加害者と連帯してその損害を賠償すべき義務があるものと言わなければならない。

そこで本件の場合についてこれをみるに、前記甲第一号証の三ないし一三及び乙第一号証並びに被告甲野花子本人尋問の結果を総合すると、次の各事実を認めることができる。

被告甲野三名の家庭は、被告太郎を父、被告花子を母として、その間に長男被告一郎、次男茂樹、長女京子の三名の子供があり、本件事故発生当時太郎は大工として働いて毎月三万五〇〇〇円位の収入があり、花子は家事の傍ら内職をして若干の収入を得ていたが、太郎は家計をかえりみず月々約一万円余りを飲酒に費消するばかりでなく、酒癖が悪くて飲酒しては子供らに対し別段理由もないのに叱り飛ばしたり暴力を振つたりするので、子供らは打解けて話をすることもできず、また母花子はただ子供達に甘いだけで放任に近い状態であり、そのうえ家計に追われていたので、家族団らんするような暖かい雰囲気に欠けていた。一郎は、一歳のときに母親花子の不注意からこたつで足に大火傷を負い、両足とも指が殆ど癒着し、現在でも歩行に多少の障害を残しており、このことに多少劣等感を抱いていた。しかし小学校時代には三年生の頃家出をしたことがあつたものの、さしたる問題行動はみられなかつたが、中学二年頃から不良交友や菓子の万引、喫煙、怠学などで補導を受けるようになつた。これに対して父母たる太郎と花子は、その場限りの注意を与える程度であつて、お互い相談しあつて真剣に問題に対処しようとするところはなく、全くおざなりであつた。そのため一郎は次第に非行の度合を深め、反社会的性格を濃くするようになり、三年に進級した頃から華美な服装に対する執着が酷くなり、これに金遣いの荒いことも加わつて、新聞配達をして毎月約一三〇〇円の配達料を得て母親に渡しそのうち五〇〇円程を小遣いとして貰つていたものの、到底欲しいと思うバンドやズボンを買うことができず、また母親にも言い出しかねてひとり悩んでいるうち、昭和三八年一一月頃バンドを窃取したり、更には人を殺害してでも金を奪おうと思詰めるようになり、そして当時一郎から新聞配達を引継いでいた乙山高男が当日新聞代金の集金に廻ることを知つて、本件不法行為を犯すに至つた。右の如く一郎は犯行に出るまでにかなりの期間思い悩んでいたのであるが、この間、両親たる太郎と花子は、一郎の右欲求を真底から理解して解消してやろうとせず放任しているだけであつて、相変らず太郎は飲酒に耽つて収入の大半を使い果していた。以上の事実を認めることができる。

右認定事実からいつて、一郎の本件犯行は、太郎及び花子において一郎の右欲求や性格をよく理解して善導し、とくに同人の性格がいく分かは生来の素質によるとしても、暗い家庭環境と火傷による不具であることの劣等感が大きく作用して形成されたものであることに思いを深くし、太郎の飲酒による浪費をやめて監督義務を尽していたならば、これを回避することができたであろうことは、否定できないところである。されば、被告太郎、同花子の右監督義務の懈怠は、一郎をして本件犯行を犯すに至らしめた一原因をなし、その間に相当因果関係の存することもまた明白であるから、一郎のそれと共同の不法行為に当るものというべきである。従つて、被告太郎、同花子は、過失に基づく不法行為により、被告一郎と連帯して、被害者高男及び原告の蒙つた後記の損害につき、その賠償義務を負うものである。

三  被告丙川の責任

被告丙川が昭和三九年一月から同被告の経営する読売新聞販売店に乙山高男を新聞配達員として雇用し、前記のとおり同年二月二七日新聞代金の集金に右高男を出したことは、当事者間に争いがなく、右集金の途中高男が被告一郎に呼びとめられて殺害されたことも、前記認定のとおりである。

そこで、年少者使用上の注意義務について考えるに、新聞代金の集金業務は、他の集金業務と同様に、集金途上に第三者から金銭を奪取される危険性が大なり小なり存在することは十分推認できるところであるから、中学一年生程度の少年に対しては、安全で軽易な業務であるとは言い難いものがある(労働基準法五六条参照)。従つて、使用者としては右少年をかかる業務に付かせることは極力避けるべきであり、やむを得ずこれに従事させる場合には、集金額、集金時間、集金方法、集金用具等に周到な注意を払つて、事故の発生を未然に防止すべき注意義務が当然にあるものといわなければならない。本件の場合、乙山高男が当時中学一年生で一三歳になつたばかりであることは前記のとおりであり、更に、被告丙川本人尋問の結果及び成立に争いのない甲第一号証の一を総合すると、当時、被告丙川の新聞店では中学生と高校生の五名の少年で配達、集金をしていたが、そのうち最年少者の高男は約六〇軒の配達と集金を受け持つていたところ、当日午後四時過頃被告丙川は高男に白地に読売新聞と書いた週刊誌位の大きさの集金袋(釣銭八〇〇円位在中)を持たせ、暗くならないうちにやめるよう申し添えて前記のとおり集金に出したが、高男は本件事故にあうまで三五軒位廻つて約一万三一〇〇円を集金していたことを認めることができる。そして、右の認定事実からいつて、やはり被告丙川は集金業務につき安易な態度で臨み必要な注意を欠いでいたものとせざるを得ず、一回当りの集金額を僅少にし集金時間を短く限定し、集金用具にも注意して日頃から集金の心得等を充分に徹底せしめておくべきであつたと思われる。したがつて同被告にはこの点に過失があつたといわざるを得ない。

そこで、被告丙川の右過失と乙山高男の死亡との因果関係について検討するに、新聞代金の集金途中に集金代金を狙つて集金人が殺害されるというようなことは、一般に特別の事情のない限り殆ど予測しがたいところであるが、本件の場合これを予測し得るような特別の事情が存したとは認められないので、右過失と死亡の結果との間に相当因果関係があつたとはいえない。

しかしながら死亡の結果との因果関係が否定されたとしても、右のような過失があれば、通常金銭を奪取などされようとするとき、これに抵抗する集金人がある程度の暴行、傷害等被害を受けるであろうことは十分予測され得るところであるから、本件の場合現実には死亡の結果が発生してはいるが、それ以前の暴行、傷害の危害を受けたことは否定できないので、右暴行、傷害によつて生じたとされるべき損害は右過失を起因として発生したものと解することができる。

従つて、被告丙川は右過失に基づく不法行為により、右の限度で被害者高男の蒙つた後記の損害を賠償すべき義務を免れることができない。なお、被告甲野三名の不法行為と共同の不法行為とならないことは右認定事実から明らかである。

四  被告甲野三名の賠償すべき損害

まず、逸失利益について判断する。前記原告本人の供述及び証人石田松三の証言によれば、原告のただ一人の子供であつた高男は生来健康であつて、四歳の頃、原告が漁業をしている石田松三と結婚(内縁)したので、その手許で養育されるようになり、養父の松三にもよくなつき、その仕事を手伝い、学業成績も普通であり工業または水産高校に進学する予定であつたこと、本件事故当時頃松三の月収は五、六万円位あつて、松三、原告、高男の三人暮しであつたことが認められる。右認定事実からみて、高男が原告主張のように少くとも五六年間生き二一歳から六〇歳までの四〇年間稼働することができ、その間原告主張のように通常労働者としての賃金を一ケ月一万五〇〇〇円、一ケ月の生活費金七〇〇〇円として差引き一ケ月金八〇〇〇円の純益をあげえたものと充分推認することができるとともに、右金額は日本統計年鑑などの統計表に照らすと、幾分控え目であるともいうことができる。そこで右金額によつて逸失利益を複式ホフマン式計算法、すなわち年間純益に法定利率年五分による単利年金現価総額表により算出した指数を乗じる式により算出すると、

9万6000円×17,53774501

金一六八万三六二三円(円未満切捨)となること、計算上明らかである。右金額が本件事故により失つたところの逸失利益の現価にあたり、被告甲野三名は連帯して右金一六八万三六二三円を賠償すべきであり、そして原告は亡高男の母でありただ一人の相続人であることは前記甲第二号証(戸籍謄本)により明らかであるから、右損害賠償債権の全額を相続により承継したものといわなければならない。

つぎに慰藉料について判断する。被害者高男自身が被告甲野三名の不法行為によつて精神的打撃を受けたこと勿論であり、当該慰藉料につき原告は被告一郎の不法行為による分として一〇〇万円、被告太郎、同花子の不法行為による分として五〇万円を主張しているが、本件は被告甲野三名の共同不法行為により一人の生命が侵害されたものであるから、異別に損害を考えることは妥当でなく、一個の精神上の損害が発生したものであり、しかしてその額は、本件不法行為の態様、被害者の年令その他諸般の事情を斟酌するとき、少くとも金一五〇万円を超えるものであると認められる。被告甲野三名は連帯して金一五〇万円を賠償すべきであり、原告は右慰藉料請求権の全額を相続により承継したものである。そして更に、原告は民法七一一条の規定により被害者高男の取得する右請求権とは別個に固有の慰藉料請求権を取得することができるところ、原告は一人息子高男の死亡によつてかなりの精神的打撃を受けたことは明白であり、これにつき原告は前同様に一〇〇万円と五〇万円を各別に主張しているが、前同様の理由により一個の精神上の損害を蒙つたものとすべきであり、その額は、本件不法行為の態様、被害者との身分関係その他諸般の事情を斟酌するとき、少くとも金一五〇万円を超えるものであると認めることができ、被告甲野三名は連帯して金一五〇万円を賠償すべきである。

以上の次第で、原告は被告甲野三名に対し合計金四六八万三六二三円の損害賠償債権を有するところ、原告は本訴において慰藉料として金六〇万円、逸失利益分として金九〇万円、合計金一五〇万円を請求しているから、被告甲野三名は原告に対し連帯して金一五〇万円及びこれに対する本件事故の翌日である昭和三九年二月二八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払わなければならない。

五  被告丙川の賠償すべき損害

原告は被告丙川の賠償すべき損害として生命侵害による慰藉料と逸失利益を主張しているが、前記認定のとおり死亡との因果関係は認められないので生命侵害による損害は否定され、暴行、傷害によつて生じたとされるべき損害につき賠償すべきところであるから、右主張はそれ自体失当である。しかしながら右主張には暴行傷害によつて受けた精神上の損害たる慰藉料の主張をも包含していると解することができるので、以下これについて判断する。

しかして、被告丙川の過失により乙山高男が集金途中本件危害に遇い相当な精神的打撃を受けたであろうことは首肯できるところであるから、その損害額について考えるに、被告丙川の本件不法行為の態様、被害者が本件危害を受けるに至つた経緯並びに前記の原告本人、被告丙川本人の各供述及び成立に争いのない甲第四号証、丙第一、第二号証、原告本人の供述を斟酌して成立の認められる甲第五号証を総合して認められるところの、被告丙川が高男の葬儀に際し香典三〇〇〇円及び花篭を贈つて弔意を表し、初盆にも弔慰金などを贈つていること及び原告は遺族補償金として金五万九三五〇円を受領している事情、その他諸般の事情を斟酌するとき、その慰藉料は金二〇万円が相当であると認める。被告丙川は右金二〇万円を賠償すべきであり、原告は右慰藉料請求権の全額を相続により承継したものである。なお、原告固有の慰藉料請求権は、被害者高男の損害が暴行、傷害を基礎としているので、特別の事情が認められない以上、成立する余地なく、被害者高男の慰藉料請求権の満足をもつて慰藉としなければならない。

以上の次第で、被告丙川は原告に対し金二〇万円及びこれに対する本件事故の翌日である昭和三九年二月二八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払わなければならない。

六  よつて、原告の本訴請求は右の限度で理由があるのでこれを認容し、その余の部分を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき、同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

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